私は「1番好きな恋愛マンガは?」と聞かれたら「ハチミツとクローバー」と答えます。実写化、アニメ化もされたのでご存知の方も多いと思いますが、羽海野チカ先生が描いた少女漫画・恋愛漫画です。
ちょうど今から10年くらい前でしょうか。当時はメチャクチャ夢中になって読んでいました。というのも、これまでの少女漫画の流れを汲まず、物語の衝撃的な結末が大きな反響を呼んだんですよね。「えぇ!?そんな終わり方するの!?」と驚いたのが記憶に新しいです。もちろん悪い意味ではなく、イイ意味で。
結末が斬新すぎるんですよ。美術大学が舞台になっていて、ちょっとしたギャグ要素はもちろん押さえながら、夢を追いかけることの意義や息の詰まるような恋愛、今後の進路などを見据えている不安定な年頃ならではの心理を巧みに表現しています。
とにかく面白い!胸がしめつけられるような片想いを経験したことがある人なら共感できること間違いありません。私は男ですが、男が読んでも面白い少女漫画として太鼓判を押したいです。
というわけで今回は、そんな魅力あふれる『ハチミツとクローバー』について、私なりの感想・レビューを踏まえながら書いていこうと思います。
概要
(アニメ版OPテーマ曲『ドラマチック』)
美術大学を舞台に、いわゆる「青春群像劇」を、ハイテンションなエピソードや静かな感動シーンを通じてとらえていく。恋愛に不器用な大学生達の報われない恋模様や、自分の才能や生き方について迷う若者達の姿を描いている。
簡単に言うと「美大生たちのリア充な雰囲気を描きながらも、これからの進路や抱えている苦悩と向き合っている姿」が描かれているんですけど、俯瞰的な要素であったり、心情の表現の仕方が非常に秀逸な作品です。
少女漫画であって少女漫画じゃないというか・・・。同じ学校のクラスメートと一つ屋根の下で暮らさなければならないという展開もなければ、一歩間違うと独裁者と罵られても仕方ないレベルの『オレ様』も登場しません。
本来の少女漫画が「こういう展開いいなぁ~」と憧れの対象であることが多いのに対し、本作は「どこにでもありそうな日常」が描かれています。でも、それがいいんです。当事者たちは決していいものだとは思わないでしょうが、十数年経ったときに「いいなぁ」と思えるような経験をしていると言っていいでしょう。もちろん、読者からすると「素敵だなぁ」と思わずにはいられません。
特に美大生ともなると、周りの才能溢れる人間を見た時に「自分には何も無い」と思ってしまう人も少なくないでしょうから。本当は「何も無い」のではなく「自分自身が気付けていないだけ」だけなんですけど、それに気付いてくれている人がいるという見せ方がメチャクチャ上手いです。
恋愛において、下手すれば『回りくどい』と言われかねない表現も、素直な気持ちから出た言葉だからなのか「全然、飾られていないまっすぐな気持ち」のように感じます。私の中では「国語の教科書に載せてもいい」くらいの文学作品だと思ってますよ。
登場人物
花本 はぐみ
コミックス 1巻
油絵科所属の本作におけるヒロインです。「コロボックル」と呼ばれたり、成人式の写真が「七五三の写真」だと思われてしまうくらい子供っぽい容姿で、本来の少女漫画におけるヒロインとはまったく違うベクトルを持っている人物だと言っていいでしょう。
普通、少女漫画のヒロインって「全く異性にモテない」という設定こそあれど、絵からはそれを微塵も感じさせないくらい「成立しているキャラ(美形キャラ)」が多いと思いますが、本作のはぐちゃんは完全に子供です。しかも男っ気も全くありません。
しかし、芸術に関しては『天才』と称されるほどの技量を持ち、小さい体からは想像つかないくらいの超大作を手掛けたりしています。そんな彼女がどのような恋をして、どのような道を進んでいくのか必見です。
竹本 祐太
コミックス 6巻
建築科所属の彼が事実上の主人公になります。ハチクロには多くの恋物語が登場しますが、なんと言っても主役はこの人以外に考えられません。絵で見るからに童顔というか『幼い少年』というイメージが強い竹本ですが、フィナーレでは立派な男性へと成長した姿を見せてくれますよ。
登場シーンですぐさま恋に落ちますが、本人ですらそれに気付くのはだいぶ先であったり、恋に関して非常に奥手な竹本の成長していく姿は、男女問わずに共感が得られるのではないでしょうか。典型的な『草食系男子』のイメージにピッタリで、そんな彼が自分の想いとどう向き合っていくのかが本作の大きな見所と言っていいでしょう。
就職試験がうまくいかなかったり、自分の目標を見失ってしまったり・・・。ハチクロの登場人物の中で1番マンガっぽくなく、どこにも居そうで実は居ない、1番温かいキャラクターだと思います。真面目で素直な誰にでも愛されるキャラクターです。
真山 巧
コミックス 5巻
建築家所属で竹本の先輩にあたります。作者の羽海野チカ先生が好きだという、歌手の『スガシカオ』さんがモチーフになっているようですが、見た目の雰囲気がそっくりですね。
彼は大学を卒業後も社会人として登場しているのですが、非常に大きな魅力に溢れている、愛すべきキャラクターの1人と言って間違いありません。
見た目的にも常識人のように思われがちですが、少しおかしな部分がありまして・・・。原田デザインに在籍している理花(未亡人)に想いを寄せていて、その想いが大きすぎるせいか「ストーカーっぽい行動」も幾つか散見されるんですよ。「恋愛漫画において身内にストーカーはタブーじゃないの?」って思うじゃないですか?これがしっかりと成立しているんです。
ストーカーと言っても内容は軽いものですし、それを冗談交じりでからかわれたり、イジリ倒されたり、上手いこと笑いに繋がっている部分も見所ですよ。周りからの人望も厚く、特に花本先生とのタッグは見モノです。
山田 あゆみ
コミックス 3巻
陶芸科に所属し、卒業後も研究生として大学に残り、終始ハチクロの世界を盛り上げてくれる、もう1人のヒロインです。真山に想いを寄せていて、その想いが痛いくらい伝わってきます。
見た目やスタイルなど、すべてにおいてかなりの美貌を持っており、また美脚・美乳だそうですよ(はぐ談)。それでいて「鉄人」という異名を持っていたり、作中でも竹本や森田をケガさせるシーンが多数出てきたりと、笑いのシーンもシリアスなシーンも見事に演出しているキャラクターなんですよね。
とにかく可愛い!美貌どうこう抜きにして、ものすごく一途な気持ちが伝わってきますし、メチャクチャ応援したくなること間違いありません。
個人的には彼女の恋愛観にメチャクチャ共感したので、脇役でいて脇役で非ずと言っていいくらいの存在感を持っていると思っています。ぜひ彼女の仕草や挙動、思考にも気を配りながら読んでみてほしいですね。
森田 忍
コミックス 2巻
彫刻科(8年在籍)から日本画科へ編入した、一言で表すと『変人』です。様々なジャンルにおいて有り余る才能を発揮したかと思えば、節約と言いながら人の部屋のエアコンで涼んだりなど、掴みどころがなく、常人の物差しでは測れない人間と言っていいでしょう。
本作では主に『ギャグシーン担当』のような役割で、森田が登場する場合は、ほとんどが笑いを生むシーンになっています。一方で、家庭環境は複雑なようでシリアスなシーンもありますが、基本的には『謎』の人物です。
はぐちゃんに一目惚れし、いわば『竹本の恋のライバル』的な存在ですが、多くの人間はそれに気付くことさえありません。
花本 修司
コミックス 2巻
舞台になっている大学のOBで、美術史の先生。本作のヒロインであるはぐちゃんは「いとこの娘」にあたり、はぐちゃんにとって父親代わりと言っても過言ではないくらいの存在です。
はぐちゃんを溺愛する姿や、真山とともに社会人枠として振る舞う姿は多くの笑いをもたらしますが、あゆの恋愛相談に対して的確なアドバイスをしたり、急にいなくなった竹本を心配するなどの先生らしい一面もあり、理花との関係が明らかになるに連れて「緩急使いこなす技巧派ピッチャー」のような存在として、本作でも一際輝く存在となっています。
原田 理花
コミックス 5巻
原田デザインの経営者であり、真山の恋愛対象になっている人物です。身体に大きな傷を背負っていたり杖をついて歩く姿など多くの秘密に溢れていますが、その真相は徐々に明らかにされて行きます。
絶滅危惧種に例えられてしまうほど「保護しなければならない存在」として周囲に認知されていながら、過去に同居していた花本先生ですら立ち入られないほどの闇を抱えている様子。
真山を高く評価しつつも、完全には心を開いていません。「真山の恋は実るかどうか」という点については、理花もまたヒロインの1人と言っていいでしょう。
好きなシーン
一目惚れの瞬間
コミックス 第1巻
「一目惚れの瞬間に本人が気付かない」というパターンは飽きるだけ見てきました。その瞬間を「赤い実はじけた」と表現した文学作品もありましたけど「これから始まる物語の主役が、恋に落ちましたよー」という瞬間、第三者が1番最初に気付くっていうパターンは、非常に珍しいと思うんです。しかも、それを
人が恋におちる瞬間を はじめてみてしまった
と表現しています。
例えば、男女数人のグループで喋ってたりとかした時に「あー、アイツはこのコのことが好きなんだな」って思うことはあっても、一目惚れの瞬間を目撃することって無いと思うんですよ。
なかなか人が一目惚れしている瞬間って見られないじゃないですか?というか仮に見たとしても、それが一目惚れした瞬間だって断言できないじゃないですか?
そもそも男なんて生き物の大半は、好き嫌いの感情抜きにしても「可愛いと思った女の子」のことを見てしまうものです。私は真山のこの一言に、竹本の純粋さをみました。
「普段は女の子のことをこんなに見つめたりしないのに」と思ったからなのか、あるいは「完全に一目惚れだとわかるくらいの真剣な眼差しだった」のかはわかりませんが。
よだれじゃなくて・・・
コミックス 2巻
泥酔したあゆを真山がおんぶして送り届けるシーンです。泥酔していて記憶も残らないだろうと思ったのか、もしくは寝ていると踏んでの行動かは定かではありませんが、真山があゆに向かって「お前の気持ちに応えられなくてごめん」みたいなことを語り出します。
もちろん屈託のない真山の素直な感情が語られているわけですけど、たぶん首筋に雫の気配を感じたんでしょうね。それに対して、すかさず「お前ヨダレたらしたなっ」と言ったあとで、それが涙だったと判明した瞬間の真山の表情が何とも言えません。
その後の「泣いている子供をあやす母親のような真山」も、なんとも言えないんですよね。ここで、自分の気持ちを吐露したことにより何かが吹っ切れたんでしょうか。真山は、一歩前に進むことができたようです。
それを受けて、あゆの心情を
真山が私と話す時 悲しい顔をしなくなった 今はそれがうれしくて 少し さみしい
と表現しているんですよ。
自分が好きな気持ちがバレてて、相手が少し気を遣ってくれるような雰囲気が無くなったんだと思うんです。きっと真山のどこかに、罪悪感からあゆに優しくしている部分があったんじゃないかと。その時の自分の感情と行動に矛盾を感じて、それがあゆに『悲しい顔』として映っていたんじゃないかと思うんですよね。
「うれしくなったと同時に、少しさみしい」というのが複雑な心境を上手く表しているのではないでしょうか。対比的には嬉しい気持ちの方が大きいんでしょうけど、我が子の成長を見届ける親の心境にも似た『複雑な気持ち』というか何というか・・・。
花火大会
コミックス 4巻
「たった一言が聞きたくて、大騒ぎして着付けて、慣れない下駄を履いて・・・」っていう部分が、恐らく女子たちから共感の嵐なんじゃないかと思うんですけど、これが付き合ってるカップルとか付き合う直前の2人なら、いわゆる普通の少女漫画におけるワンシーンだと思うんです。
本作におけるこの場面は「恐らく叶わないであろう恋」を描いています。それを「ほんの少しでもあなたの心が私にかたむいてくれないか」と表現しているのですが、ベランダで育てていたシソが折れてしまった出来事になぞらえて描かれているんですよ。
【chapter.24】の始まりがシソを育ててる話から始まりまして「これ、なんの伏線?」と不思議でしょうがなかったんですけど、見事に回収していくあたり流石としか言い表せません。
そして【chapter.24】最後の
どこかの庭で子供たちが 小さな夏を燃やしているのだ
「この一文における『夏』とは、何を指しているのでしょうか。」という設問を作ったら、国語のテストが成立しません?関係者の方、国語の教科書に載せてみませんか?
竹本の告白
コミックス 7巻
物語の冒頭から竹本を見てきた読者にとって、こんなに成長した竹本を見るなんて予想だにしなかったのではないでしょうか。自分探しの旅から帰還して、はぐちゃんに告白するシーンです。
一時期「森田とはぐちゃんの取り合いをするなんて考えられない」というほど弱気だった竹本が、これ以上ないくらいのストレートな言葉で自分の想いを表現します。
君に会いたいなぁと思った だから帰ろうと思った はぐちゃん オレは 君が好きだよ
これを言われたはぐちゃんは「帰ってきてくれて、ありがとう」的な感じでかわすわけですけど、これまでずっと仲の良かった2人の間に微妙な溝ができてしまいます。これが、なんとなく情景として見えてくるんですよね。
「好きだ」ってことを伝えるのに勇気が要る理由って、これまでの関係が崩れてしまう部分にあると思うんです。相手にその気がなかったときに、これまでのように接することができなくなってしまうリスクというか・・・。
でも言った側は実のところそんなに気にしてなかったりして、言われた方が気まずく感じちゃってるだけって場合も少なくありません。中には「こないだの返事は?」って感じで催促する人がいるからなんでしょうけど、言うのも勇気、断るも勇気ってところでしょうかね。
ちなみに竹本は、告白なんかするタイプの男の子じゃなかったわけですが、なぜ告白する勇気を手にしたのかという部分です。自分探しの旅を終えてたくましくなったってのもあるんでしょうけど、その理由がシンプルでカッコイイと思いました。
ありがとうって思った ーでも あげられるものなんて 心くらいしかないから 君にわたそうと思った
この表現が秀逸すぎて、思わず痺れましたよね。竹本は謙虚ですが、それを別にしても「この恋に可能性はない」と知っていたわけで、本当に感謝の気持ちから出た素直な言葉だったんだろうなぁって思います。
〇〇用
コミックス 6巻
ここも抜群に伏線の効いてるシーンなのですが、はぐちゃんが描いてる2枚の絵について、それぞれ「何に出展するか」を森田が見抜いたシーンです。
正直、どのような絵を描いているかは明らかになっておらず、読者側は知る由もないんですけど、たぶん「森田だから知り得たくらいの違い」だったんじゃないかと(もちろん花本先生も気付いているようでしたが)。
はぐちゃん本人はなぜ言い当てられたかわからないまま、子供絵画教室の先生をやったときに、そこではぐちゃんに絵を習っている子供からその答えを教わるんですよね。
「辿り着きたい場所」を もった時 無私の心で描く心を失ったー 「好きなものを」「楽しんで」という言葉は美しい -でも その 何と むずかしい事か……
うーん、深い。深すぎる。
遠回り
コミックス 10巻
竹本とはぐちゃんがアイスを買いに行った帰りのシーンです。ここでの会話は一語一句、すべてが重く美しいです。学生の頃、数式を「美しい」っていう教授がいましたけど、まさにそんな感じ。会話における恋の方程式が美しいです。
お互いがお互いに喜ぶであろう言葉を言い合うんですけど、それは傷の舐め合いとかではなく、ひたむきに前を向いた姿だからこそ言えるであろう言葉で、ここで竹本が最後まで凛とした表情でいるっていうのが素敵なんですよ。
竹本のことをよく見ていなければわからない言葉がはぐちゃんから出て、はぐちゃんを気遣いながらも説得力のある優しい言葉が竹本から出ます。竹本の成長ぶりがハッキリとわかる至極のワンシーンです。
好きなセリフ
何で 俺なんだ?
コミックス 第1巻
これが言える男ってすごいなぁと思うわけですけど、物語が始まって間もないくらいの場面で、真山があゆに言ったセリフです。告白されたわけでもない相手に、ものすごく辛辣な言葉を浴びせています。
元々、あゆに関しては登場シーンから「好きな子にこそ意地悪をしてしまう小学生男子」みたいな登場の仕方でしたから、真山のことが好きなんだろうなぁというのはわかりますよね。真山本人もそこには気付いていることでしょう。
ただ、それを本人に言えるって相当だと思うんです。全然奥手でもなんでもない男の中には「お前が好きなヤツって、もしかして俺?」くらいの感じで聞く人は、これまでの私の人生でも何人か見ましたけど、それでも疑問形ですよ。
ここまで決め付けて「は?何言ってんの?」とか言われてしまうリスクが、全くよぎらない程の確信が得られるって相当だと思うんです。
お前がオレにいくら腹を立てても俺は多分変わんないよ お前が他の男探した方がぜんぜん速いよ もうオレを見んのやめろ
これを言ってあげるのも男の優しさなのかなぁと思ったりもするわけで。こういったスタートがありながらも、主人公たちを食うくらいの恋愛観を披露してくれる真山とあゆの始まりのシーンでした。
この世で真山を走らせる事が出来るヤツなんて 1人しか居ないからな
コミックス 2巻
走る真山の姿を見た森田が、あゆに「真山がどこに行ったか知ってるんですか?」と聞かれて答えたのが、このセリフです。
あゆにとっては「自分の好きな人が、自分以外を見ている」ということを思い知らされるというか、「真山には好きな人がいるんですよ」ということを、これほどまでにわかりやすく抽象的に表現できるだろうかって感じのセリフだと思います。
しかも、その「好き」の程度が「この世で1人しか居ない」という部分に集約されていると思うんですよね。一種の比喩ではありますが、極端な話をすれば「親でも無理」なわけです。それを「傘を忘れた程度」で走らせることができる人もいるわけで。
画像のシーンは、理花と相合傘(真山自身はフードを被って、傘ほとんど理花の方へ)をしている真山の姿を、あゆが黙って見ているというシーンなのですが、これは当事者(あゆ)にとってはキツイですよね。大げさに言えば「自分の好きな人が、自分の身を挺して自分以外の誰かの身を守っている」わけですから。これについては、あゆが名言を残しています。
自分の一番好きな人が 自分の事を一番好きになってくれる たったそれっぽっちの条件なのに どうしてなの 永遠に揃わない気がする
本当にコレです。恋愛で難しいのって本当にこの部分だと思うんです。例えば100人の異性が居たとして「99人の異性から好意を寄せられていても、自分が好きな相手が残りの1人だったとき、それを幸せと言えるか」的な話でして。
後にあゆは「自分に好意を寄せてくれた男性の人たちも、こう思ったんじゃないか」と悟るわけですけど、恋愛の難しさと片想いの切なさを的確に表現しているセリフではないでしょうか。
バカだな そんなの 好きだからにきまってるじゃないか
コミックス 3巻
森田と一緒に出掛けたはぐちゃんから「トイレに行きたいと言えなかったこと」や「目の前だとご飯も食べれなかったこと」を聞かされた花本先生が言った一言です。好きすぎて何をするにも「恥ずかしい」と思ってしまう乙女心みたいなものが上手く表現されていますね。
そして本作に置いて1番秀逸であるのが、これを花本先生が語った相手が、はぐちゃん本人でも森田本人でもなく竹本だという点です。このシーンの前後で「はぐちゃんって変わったよねー」という感じの表現が多くなるんですけど、これらは「最初は竹本としかろくに話せなかった」という部分を指しています。
それについて竹本は「さみしいと思う自分の気持ちがわがまま」だとしていましたが、仲が良かったのが自分だけという状況から、みんなと打ち解け始めたという状況に合わせて、「仲がいい=恋愛対象じゃない」という1つの事実を突きつけられた竹本の心境って、非常に複雑でしょうね。
竹本からしてみれば、好きな女の子がまともに話せるのが自分だけという状況に、少なくとも優位性を感じていたはずなんです。それが真山や森田ともそれなりに話すようになってきて、ちょっと焦りを覚えてきたかと思えば「まともに振る舞えない=好きだから」ということを、花本先生から突き付けられたわけですから。
そして作中でも竹本は軽く凹むわけですけど、その凹み方がまた何とも言えない切なさのようなものを的確に表現しているんですよ。
一緒にいると胸がつまって ものを飲み込むのも苦しいような…… そんなキモチを恋というのなら -ほんとに オレばっかり恋してたんだな
「〇〇くんって話しやすい!」と言われることが、果たしていいことかってことですよね。とは言え、私自身の過去を振り返っても大学くらいにもなれば、すぐさま「今度一緒にご飯でも・・・」みたいな感じになってたような気がします。
中学・高校くらいの時は、何かを食べているところを好きな人に見られたくないって感じるコも結構いたような気がしますね。特に中学なんかだと「恥ずかしくておかわりできない」ってコが結構いました。
代わりにおかわりをもらいに行ったりしてあげてたけど、それって「話しやすい」ってことですね、間違いなく。
「努力する」か「諦めるか」どっちかしかないよ
コミックス 5巻
ここ、メチャクチャ深くて大好きなシーンです。ハチクロの中で1番考えさせられたシーンと言っても過言ではありません。本作を読んだ方なら絶対に何かを考えさせられたであろうシーンなのですが、簡単に説明しましょう。
地元商店街での結婚式に触発された男たち5人が、あゆにプロポーズをするのですが、あゆ自身は困ってしまいます。「仲良しでやっていたかったのに、今さらなんで「好き」とかそういう話になるのか」というニュアンスで困惑するあゆですが、そう思えば思うほど「真山もそういう気持ちだったんじゃないか」ということに気付かされることに。
あゆは真山に対し「こんなに好きで好きでずっと好きなのに」「なんで私じゃないの?」と思っていたようですが、同じことをプロポーズしてきた5人に言われたら?と考えた時に、真山の気持ちに気付くんですよね。
「自分が言われて辛かった事を今度は私がみんなに言うの?」と泣き出してしまったあゆに、花本先生がかけた言葉が、
「努力する」か 「諦めるか」 どっちかしかないよ 人間に選ぶ道なんて いつだってたいていこの2つしかないんだよ みんなには正直に自分の気持ちを話すしかないよ あとは向こうの決める事だ 努力するか 諦めるか 彼らが選ぶんだ
というものでした。
当時コミックスを読みながら「なるほどなぁ」と涙を浮かべながら思ったんですけど、この後で花本先生は「選択肢は本当は3つあったけど、嘘をついた」的なことを言うんですよね。しかも、その答えが何なのかは、本作を5回も10回も繰り返し読んでも出てきませんでした(出てこなかったように思えます)。
きっと花本先生のことですから「優しさゆえに3つ目を口にしなかった」と考えるのが妥当だと思いますけど、真相はどうなんでしょうね。個人的には『何もしない』だと思っています。
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あんな風な家に 見えるといい
コミックス 6巻
竹本が自分探しの旅をしている途中、水の補給をお願いするときに様々な家を見て言った一言です。私自身も仕事で、ほぼ飛び込みに近いようなカタチで人のお家にお邪魔させてもらうことがありますが、家の雰囲気って住む人を表しているような気がします。
作中にもあるように「こんなご時世」ですから、いきなり知らない男が訪ねてきて「水を分けてくれませんか?」と言われても、怪訝そうな顔をしてしまうのも分かりますよね。
それを踏まえても、嫌な顔をひとつせずに水を分けてくれる人もいて、そういう人が住む家はなんとなく『あたたかい雰囲気』を持っているのか、竹本も直感で「ここならお願いできるかも」と閃いて頼みに行ってました。
そのお家でおばあちゃんに水だけでなく食べ物の差し入れまで貰って、感謝の気持ちから思ったんでしょう。
もし オレを家にたとえたとしたら どんな家に見えるんだろう あんな風な家に見えるといい
建築科ならではの考えというか、すごくハートウォーミングな発想だと思いました。こういう経験を経て、竹本が「将来、どんな道へ進みたいか」という自分の答えを見つけるという部分も素敵です。
全部やるよ
コミックス 10巻
ここに至るまでの葛藤とか伏線とか、全てが集約された一言です。なにがどうなってこの発言に行き着いたかについてはご自身で確認していただきたいと思いますけど、かっこいいなーって思いましたよね。
個人的に好きなのは「先生が何かを喋りかけようとしたときに、はぐちゃん発信で『あるお願い』をされる」んですけど、その時に脱力して笑うんです。ここ、めっちゃ好きです。
たぶん「2人の想いが繋がった瞬間だったのかなぁ」って。ちなみにこれを読んだあと、しばらくタクシーでこのセリフを使っていたことは、私の黒歴史です。
最後に
他にも大好きなシーンは山ほどあるのですが、全部紹介してたらキリがないので、この辺で。特に後半なんか全部が名言・名シーンですから。今まで残してきた伏線が回収されていく様子は、まさに圧巻の一言です。
結末には賛否両論あるでしょうが、もちろんイイ意味で『少女漫画らしからぬ作品』だったと思いますし、色々と考えさせてくれた作品でした。
少女漫画なんですけど、男性にも読んでもらいたい作品ですね。特に『草食系男子』を自負しているような人には、是非とも読んでいただきたいと思います。本当に名作ですのでご存知の方も多いでしょうけど、まだ読んだことがない、見たことがないという方は、ぜひ手に取ってみてください。
※年末にアニメ版Blu-rayボックスが発売されました。Amazon限定仕様などもあるようですので、ファンの方はぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。